「端上くん、よかったら勉強を教えてくれないかな」

そう声をかけてきたのは花巻 円くん。

僕のクラスメイトであり良き友人の一人。やさしく明るく友達想いの素敵な淑女である。

そんな彼女の頼みごととあらば断る理由もなかろう。

「構わないよ」

「あ、ほんと?いやあ、助かっちゃうなあ!ありがとう!」

彼女が嬉しそうに微笑んだので僕も笑った。

「しかし、めずらしいね。花巻くんが僕に勉強を教わりにくるなんて」

「んー、厳密には私じゃなくて・・・弟に勉強を教えたいから私に教えてほしいっていうあれで・・・」

「おや、弟さんかい」

聞き返してきたことが嬉しかっただろう。

彼女は「かわいいんだよう」と目を輝かせ、机を乗り越えんばかりに身を乗り出してきた。

なるほどご兄弟のためか。

面倒見のいい彼女らしいというか。

彼女に弟がいたというのは初耳だけれども、この様子からすると仲は相当良いものなのだろう。

僕には兄弟がいないので少しうらやましく思う。

「まあ、本当は私なんかより端上くんが直接教えてくれたりしたほうが嬉しいんだけどね

 端上くん、教え方うまいし・・・」

「そうかい?ありがとう。僕としては、君に教えるのも君の弟さんに教えるのも両方構わないよ」

「残念なお知らせなのです・・・うちの弟は人見知り激しく、家族以外の他人とは会おうとしない野郎なのです・・・」

ついでに家から一歩も出ないしね、となんでもないように彼女は言ったが聞いてよかった情報なのだろうか。

だがまあ、人にはさまざまな事情というものがあると僕は思う。

彼女の弟が家から出ないことにも事情という背景があり理由という感情が存在する。

ならば、そのことに関して僕があれこれ言うべきではないし、言う権利も存在しないというものだ。

「なにも聞かない端上くんは紳士だね。好き・・・」

「ああ、僕も君のことが好きだよ」

「そ、それは・・・友人として・・・?ノーラブ、イエスマイフレンド・・・?」

「ん?ブラがなんだって?もうしわけないが下着の相談は僕は受けかねるよ。適当なことはいえないからね」

「・・・いや、なんでもないよ」

僕は何かおかしなことを言ったのだろうか?

コピーアンドペーストしたようなその笑顔の意味が、僕にはよくわからなかった。

「よし、時間がもったいない。さっそく始めよう。下校の限界時間まで粘ろうじゃないか」

「あざーす!」

夕暮れの放課後の教室で、僕と君はともに時間を過ごし、笑いあい、同じものを見て同じように笑った。

これは僕の遠い放課後の思い出。

同じものをみていた僕らの焦点はいつしかずれてしまったようだ。

今の僕には、全てぼやけた2重線に見えてしまう。

今、僕の隣に立つ君には何が見えているのだろうか。

すまない、花巻くん。僕では視力が足りないようだ。

でも、僕はいつまでも君の味方でありたいと思う。

君が膝をついたその日には僕が隣に立ち肩を貸そう。

君は、花巻 円くん。僕の大切な友人。

たとえ、ぼやけて君の姿が見えなくなっても、君の友人であり続けることを誓おう。

忘れないでくれ、花巻くん。

端上 ユヅルは、君の味方である。

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