「夜と歩く」
それは日差しがまぶしくなり始めたころの話。
日はかなり長くなり、外を出歩ける時間も長くなった。
それでも夜は必ずやってくる。
もう家に帰らなければ。
今日も街灯の明かりが淡く帰り道を照らしてくれた。
まあ、街灯にだってテリトリーぐらいある。
手の届く範囲は限られている。
テリトリーの先は薄暗い道が広がっていた。
きっと、手の届かない範囲の方が多くて広いんだ。なんだってさ。
家に帰るためにただただ歩く。
頭の上の星はきらきらと輝いていて、月は静かに輝いていた。
明日は晴れるだろう。
そんなことを思いながら、ふと立ち止まれば誰かの家の明かりが足元に影を作った。
街灯でも星でも月でもない、この明かりは目がくらむほど明るくて。
塞いだはずの穴がぽっかりと開いちゃって。
まばたきして息をはく。
帰ろう。
誰かの明かりに背を向けて歩き始めたとき、いきおいよく追突され前のめりになった。
眉をひそめながら振り返るとよく見慣れたあいつが立っていた。
前を見ろと文句を言うとあいつは悪びれることなく
「うるっさいわね」
と鼻で笑った。
相変わらず腹の立つやつだ。
黙って目の前に立つあいつをじっとりした目で見ていると早くそこをどけと催促された。
もう家に帰る。だからそこをどけと、あいつは言い放った。
どうやらこいつも帰る途中なようだ。
あ、そうと短く返事をして道をあけると満足そうに笑って横をすり抜けていった。
腹立つ。
癖のある髪を揺らしながらそいつはあっという間に暗闇にまぎれて消えた。
あいつもきっと明かりのついた家に帰るんだろう。
ただいまの対を見つけられる場所に。
家の明かりがふっと消えた。
もうそんな時間なんだろうか。
今度こそ帰ろう。
家に帰るためにただただ歩く。
なにもかもに背を向けて。
まぶしくてしょうがないから置いていこう。
星はきらきら輝いて、月は静かに輝いていた。
しばらく一人で歩いていると、ふわりと視界の端で暗闇が揺れた。
視線をやると帰ったはずのあいつがいつの間にかそこにいて
当たり前のように歩いていた。
もう家に帰るんだとあいつは言う。
あ、そうと短く返すと
もっと離れろ、道の端を歩けと返された。
お前が端に行けばいいだろと言い返すと横腹をつつかれた。
痛い。
風が吹き抜けた後、もう一度横を見たけれどあいつはやっぱりそこにいた。
ひとつ、鼻で笑って目を閉じる。
揃わない歩調は暗闇の向こう側へと消えていった。